カテゴリ: 夜明けのコーヒー

モリノオープン写真

 気が付けば夏の陽気が降り注ぐ季節になりました。
 新型コロナウィルス感染拡大の影響で当初の予定より遅れましたが、6月1日(月)、長野市役所内に「cafe morino..」がオープンしました。
森と木の各事業所で作っている商品を仕入れているので、morino..にご来店いただければ、森と木の全てが楽しめます。ベジタボーラのサンドイッチ、もりたろうの豆腐入りハンバーグ、曇り時々晴れのコーヒーとカレーとワッフル、モーリー農場のジャムとケチャップ、もりすけの雑穀のお菓子、そしてアトリエキノのアート作品などです。
 外食の自粛ムードがある中で、テイクアウトのお客さんが多いですが、多くの市民の皆さんにご来店いただいております。長野市役所に訪れた際には是非お立ち寄りください。

営業時間 午前10:30~午後5:30
定休日 土日祝日(市役所の閉庁日)

モリノスタモン写真
スタモン作家末次さんの「スタモンギャラリー」もできました!
 

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 この写真は、今回の台風で浸水被害を受けた森と木職員のアパートの片付けの様子です。ようやく災害ゴミ(といっても被災者からすれば大切な家財)の片付けが終わり、新しい生活の準備ができる状態になりました。
 令和元年10月13日未明、台風19号がもたらした集中豪雨の影響で長野市を流れる千曲川の堤防が越水そして決壊し、長野市の南端から北端、そして千曲市、須坂市など千曲川流域の広い範囲の地域が浸水被害を受けました。住宅は1階が全て水没するほどで、りんごや桃などの果樹や長芋などの特産品の畑の多くも被害を受けました。浸水した住宅は住めるような状態ではなく、未だ多くの市民が避難生活や仮住まいを余儀なくされています。
 森と木のサービスを利用されている方のご家庭でも被害を受けた方がいらっしゃいました。森と木の職員も、実家や親せきが被災された人、住んでいるアパートが水没した人がいました。家電・家具などの家財、衣類など全て失うことになりましたが、幸い、当日は職場や親せきの家に避難していて、皆さん、命に別状がなかったのが唯一の救いです。
 あと、森と木の事業所については、山の中のシイタケ小屋が倒木の被害で屋根が一部壊れた以外は無事でしたので、サービス提供には影響がなかったのがよかったです。災害当日から森と木365で被災された方の受け入れをすることができました。
 そして、長野市での浸水被害が全国ニュースで報道されると、県外のお付き合いのある事業所や団体から、被害をご心配いただき多くのご連絡をいただきました。皆さん、応援を申し出てくださり、ありがたく、そして心強く思いました。
 群馬県の社会福祉法人すてっぷさんは、まだ台風の影響で、道路事情が悪い中、タオルなどの日用品類と、多額のご寄付をわざわざ長野まで届けに来てくれました。
 富山県の社会福祉法人くるみさんは、森と木の利用者の方や職員の安否を心配してくださり、多額のご寄付をお送りいただきました。
 兵庫県の加古川市手をつなぐ育成会(会長澤田さん)さんは、被害を受けた森と木の職員を応援しようと多額のご寄付をお送りいただきました。
 遠方の地よりの励まし、ご支援、本当に心強く、被害を受けた職員も涙を流して皆様のご厚情に感謝しております。
 県内外の多くの方々から、ご心配していただき、多くの励ましのお言葉をいただいたこと、深く感謝申し上げます。

 被害を受けた地域は、まだ、住宅からの泥の撤去作業などが続いていますが、浸水地域の一部のコンビニが営業を再開するなど、少しずつ日常の営みも見えつつあります。
 信州は山があるので台風に強い、という昔からの言い伝えが通用しないことを、今回痛感いたしました。
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最後に被災した職員も含めスタッフの元気な様子をお伝えして、お礼の言葉に代えさせていただきます。


 
 

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 先週末、毎年恒例の新人職員研修を湯田中の温泉旅館で行いました。いまどき一泊で温泉旅館かよ、と思われる方もいるかと思いますが、昭和風情が残る温泉宿で職員全員で語らい、夜更け過ぎまで酒を酌み交わすのも、年1回ぐらいはいいのではないかと思っています。最近は、若い職員を飲み会に誘うのもパワハラと言われる時代ではありますが、時にはこんなスマートではない人と人との関わり合いも大切ではないかと思うのです。職員らと朝方まで飲んでいた疲れがまだ取れない私です。
 今年度の森の本(通巻第2号)がようやく完成し、利用者の皆さんや関係機関の皆さんにお届けすることができました。森と木を利用してくれている皆さんのいきいきとした活動をできるだけリアルにお伝えできるように写真をたくさん掲載しています。ご協力いただいた利用者の皆様ありがとうございました。私たち職員が書いた記事は、軽めにご一読いただければ。
 本の装丁から、原稿集め、原稿書き、校正まで、日頃の支援とは違う能力を求められる編集委員になった職員は本当大変だったと思います。でも、こういった創作する力、完成させる力はきっとこれからの仕事や人生の糧になると信じてほしいと思います。そんな汗と涙の結晶です。是非、ご高覧ください。
 

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いやあ、疲れました。今年のチャレンジ登山報告です。
チャレンジ登山とは、自立サポート森と木やようこそ森と木ラボの若者たちが自分への挑戦のために行う登山ですが、それにちなんで、私も毎年、夏に3連休をいただき自分への挑戦のための登山をしています。それを、勝手に「チャレンジ登山」と呼んでいるのです。今年のルートは、室堂から薬師岳を経由して雲ノ平、そして槍ヶ岳で職員らと一時合流し、その後、北穂、涸沢を通過して上高地までの約100キロの道のりです。

8月3日の午前7時50分、長野駅から扇沢行のバスに乗車し、今年最後の黒部のトロリーバスやロープウェイを乗り継ぎ11時過ぎに室堂に到着しました。室堂のバスターミナルでかけ蕎麦をすすり、早速出発です。今日は夕方までに五色ケ原を通ってスゴ乗越小屋の野営地まで到着したいので、急ぎます。6年前にも同じコースを行ったのですが、スゴ乗越小屋への到着が薄暗い午後7時ぐらいになってしまい、山小屋の人にひどく怒られました。なので、今回は怒られないように急いだのです。途中、こけたりしながらも、何とか午後6時には到着しました。カップラーメンとチョコを食べて、ツェルトに潜り込みました。

8月4日は午前3時に槍ヶ岳に向けて出発。スゴ乗越から槍はちょっと距離が長くて無謀かなと思いましたが、チャレンジ登山なのでチャレンジすることにしました。午前6時には薬師岳山頂の祠に到着。その後、薬師沢を下り、急坂を上り返し雲ノ平に出ます。雲ノ平は北アルプスのど真ん中、日本最後の秘境と言われています。自然が織りなす岩や高山植物は「庭園」と呼ばれ、その周りを囲む薬師岳、黒部五郎岳、三俣蓮華岳、水晶岳などが庭園の背景となり、なんとも美しい情景です。雲ノ平山荘に午前11時に到着しましたが、景色を楽しむ暇もなく、進みます。急がないと、日没までに槍ヶ岳までたどり着けないからです。案の定、双六小屋に着いたのは、予定よりもだいぶ遅れて午後3時を過ぎていました。しかも、体力はかなり消耗していました。槍ヶ岳までコースタイムにして約6時間の西鎌尾根を、はたして槍ヶ岳山荘の最終夕飯の午後7時に間に合うか、これが問題であり、今回最大のチャレンジです。それでも、重い体を何とか動かし、午後6時に千丈沢乗越に到着です。その時点で体はボロボロ、10メートルほど進み、休んでは呼吸を整え、といった調子でノソノソと歩くのが精一杯でした。陽はだいぶ傾き、空が赤く染まってきました。このままでは夕飯に間に合わない、合流するはずの職員たちに怒られる、まずい!この一心でひたすら足元を見つめながら歩き続けました。すると、頭上から人々の声が聞こえます。気がつくと、目の前には槍の肩から夕陽を見ようと多くの登山客が集まっています。その中に槍ヶ岳で合流予定の職員も!その時、撮ってもらった写真が冒頭の写真です。もう日が沈む寸前です。何とか午後7時の夕飯に間に合いました。

8月5日、前日あまりに疲れたので、このまま槍沢を下って上高地に向かおうかとも思いましたが、朝、槍ヶ岳の山頂に立つと、予定していた穂高にも行きたくなり、出発は遅くなりましたが午前8時頃に山小屋を出発し、北穂高岳を目指しました。午前11時に北穂高岳山頂に到着。その後は、涸沢から横尾までを走って下り、槍沢経由で下山した職員たちと午後1時に横尾で落ち合うことができました。その後はぶらぶらと上高地までゆっくり歩くつもりでしたが、何と途中で強烈な腹痛に襲われました。街と違ってそこかしこにトイレはないし、梓川の清流でするわけにもいかないし、とにかく苦しかった。このトイレを我慢した約1時間が今回の登山で一番のチャレンジだったかもしれない。それを乗り越えて何とか上高地までたどり着きました。

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私がチャレンジ登山を楽しんでいる間、新規グループホームの開設準備をしてくれたスタッフの皆さん、本当にお疲れ様でした。

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 今回6度目の長野マラソンに参加し、想定外に上半身が筋肉痛の岸田です。
長らく当ブログをさぼっておりまして、申し訳ございません。

 去る4月15日(日)、今年で20回目となる長野マラソンに森と木のスタッフや通所されている方も含めて10人の関係者が出場しました。長野マラソンは1998年の長野冬季五輪の記念として、その翌年から始まったマラソンレースです。毎年約1万人が参加する県内では大きな大会です。
 8時30分に東長野運動公園をスタートして、南長野運動公園のオリンピックスタジアムがゴールとなります。長野マラソンは、別名「森と木マラソン」と勝手に呼んでいます。それは、偶然といえば偶然ですが、長野マラソンのコースが私たちの事業所を見事に通るからなのです。先ほど言った東長野運動公園には、サンドイッチの「ベジタボーラ」があり、そこから300メートルぐらい進むと「ごはんの森」を通過します。1キロ地点には「風の森」があり、法人本部がある「森と木」や、「Bee」、「茜舎」、グループホームの「ぽるて平林」などの横を通り、アート活動の拠点である「アトリエキノ」の前に出ます。写真はキノのスタッフなどがお手製の横断幕や応援のディスプレイを製作し、雨の中で応援している様子です。キノを過ぎると、次は長野大通りを北上しますが、その道沿いには「ようこそ森と木ラボ」や地域活動支援センターの「カフェハクナマタタ」、放課後デイの「もりときピコ」があります。その後、善光寺に向かいますが、そこにはレストランの「西洋料理店もりたろう」、自家焙煎珈琲の「曇り時々晴れ」、「はっぱカフェ」があります。善光寺を過ぎて中央通りを下るのですが、突きあたりの末広町交差点には「曇り時々晴れ長野駅前店」があります。とまあ、事業所紹介みたいになってしまいましたが、実はそれだけではありません。13キロ地点の大豆島には自閉症の方の支援を中心に行う「森と木LIFE」があるのです。どうですか!森と木マラソンと呼んでも許してもらえそうではないですか!?・・・っなわけないか。

 というわけで、この春、報酬改定やらいろいろで、法人・事業所は超多忙です。加算、減算がいろいろあって複雑です。この動きをみると、障害福祉の世界も事業者性善説から性悪説に変わってきたのかなと思います。でも福祉をビジネス化するってことはつまりこういうことで、最大限の利益を生み出す方略を事業者が考えるのは常識です。ビジネス(営利)にとって、利益こそが善なので、福祉的な理念は後回しになるのも無理はありません。ここが難しいところなんです。
 福祉のビジネス化によるネガな部分を権利擁護でカバーするという発想もどうなのかと思います。そもそも行政や福祉をやっていた時代だって、ずいぶんな権利侵害があったわけで、その頃は福祉(行政)が許され過ぎるほど許され、施設が守られ過ぎるほど守られていたように思います。
 いつの時代だって、駄目な奴はいるし、いい奴もいます。行政は自分たちがしてきたことを棚に上げず、どうして福祉現場で権利侵害が起こるのか、しっかり過去を振り返って検証すべきなのです。事業者への締め付けを厳しくしてみたところで、若干の税金節約にはなるかもしれませんが、権利擁護にはつながりません。むしろ事業者を疲弊させ、新たな権利侵害の芽を生み出しかねません。・・・だめだめ、マラソンの話題を書こうと思っていたのに、全く違う話になってしまった。

 閑話休題。今年の長野マラソン、肌寒い雨降りでしたがマラソンには最適なコンディションでした。応援してくれた皆さんは雨で大変だったと思いますが、こんな雨の日は空冷と水冷で身体を冷やせるので、身体が楽なんです。森と木ランナーもほとんどの人が無事ゴールにたどり着きました。長野マラソンは制限時間が5時間だから、完走するのもなかなか大変なんです。応援してくれた市民の皆様、森と木関係者の皆様、心から感謝いたします。長野マラソン終ったので、これからはしっかり仕事します。でも、来月20日には野辺山ウルトラマラソン(100キロ)が控えています。それが終ったらしっかり仕事します。応援よろしくお願いします。

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